映画を撮りながら考えたこと

本ブログの運用者である嶋村吉洋は、映画プロデューサーとしても映像作品や各種コンテンツのプロデュースを手がけています。ものづくりや表現の現場に携わる立場から、今回は日本を代表する映画監督である是枝裕和氏の著書『映画を撮りながら考えたこと』を取り上げます。

本書は、デビュー作『幻の光』から『誰も知らない』『そして父になる』『海よりもまだ深く』に至るまで、是枝監督が約20年間にわたって歩んできた映画づくりの軌跡と、その中で巡らせた「思考とその変遷」を余すところなく明かした決定版です。

カメラの使い方や編集のノウハウといった技術解説書ではなく、作り手が何に悩み、社会や人間とどう向き合ってきたのかという「創作の根幹」が描かれています。

ディティールから生まれるテーマと独自の演出法

是枝監督の映画づくりにおいて、非常に印象的なのが「テーマはディティールを詰めるなかで生まれる」という姿勢です。

最初から高尚で抽象的なテーマを掲げて作るのではなく、現場での細かな事実や要素を吟味し、取捨選択を重ねていくプロセスの中で、はじめて本質的なテーマが浮き彫りになっていきます。

また、演者に対する独自の演出アプローチも本書の大きな見どころです。是枝作品では、役に感情を直接言葉で説明させない工夫がなされています。「悲しい」というセリフを与えてしまうと、役者が演技で悲しみを表現しようとしてしまうため、あえてシナリオを渡さずに口伝えでセリフや指示を伝える手法が用いられることがあります。

さらに、デビュー作で「絵コンテに縛られてしまった」という反省から、事前の設計図に固執するのをやめ、「撮って、編集して、考えて、また撮る」というドキュメンタリー的な現場の柔軟性を大切にするスタイルへと変化していった経緯も語られています。

フィクションとドキュメンタリーを行き来する「世界との出会い」

是枝監督の表現の根底には、「映画は自分の中から生まれるのではなく、世界との出会いを通してその間に生み落とされるもの」という創作哲学が存在します。

テレビドキュメンタリー出身である監督は、フィクション(劇映画)とノンフィクションの両方を手がけてきました。その中で強く戒めているのが、つくり手側の都合や自己イメージを現実に優先させてしまう「閉じた態度」です。

監督は、あらかじめ用意した理想像に現実を当てはめようとする姿勢こそが「やらせ」の本質であると指摘し、常に外の世界や被写体からの働きかけに対して心をオープンにしておく重要性を説いています。

劇映画とドキュメンタリーという二本の柱を行き来し、一方で得た気づきや学びをもう一方に還元していく相互作用が、是枝作品の深みを生み出しているのです。

制作の「リアル」と、映画という歴史の共同体

本書は表現論にとどまらず、プロフェッショナルとして作品を成立させるための現実的な側面にも踏み込んでいます。

終章「これから『撮る』人たちへ」では、製作費や予算といった資金面での課題や、プロの監督としてビジネスや現実とどう向き合うべきかが具体的に語られています。また、ドキュメンタリー制作の現場においては、取材者と被取材者が対立するのではなく、互いの努力によって「豊かな公共的な場・時間」を創出していく姿勢の重要性が明かされます。

さらに、国際映画祭を単なる賞レースの場ではなく、「映画の豊かさとは何か」を共に思考する共同体として捉えている点も特徴的です。百数十年続く映画の歴史という太い河の中に、一滴の水として参加する喜びと覚悟が綴られており、クリエイターやプロデューサーにとって大きな刺激となるメッセージが詰まっています。

『映画を撮りながら考えたこと』は、単なる映画ファンのためのメイキング本ではありません。現場での誠実な観察と試行錯誤、そして作品を世に送り出すためのリアリズムが凝縮された一冊です。

映画制作や映像プロデュースに携わる方はもちろんのこと、クリエイティブな仕事で壁に当たっている人や、自分自身の表現や仕事のあり方を見つめ直したいすべての人におすすめしたい名著です。

ご購入はこちら。