軽自動車を作った男 知られざる評伝

永井隆さんの『軽自動車を作った男 知られざる評伝 鈴木修』は、2024年12月に94歳でこの世を去ったスズキの元社長・会長、鈴木修氏の足跡を辿る追悼評伝です。

生前に長年密着取材を続けてきたジャーナリストの著者が、膨大な関係者からの証言をもとに、その知られざる半生を描き出しています。

本書は単なる功績の礼賛にとどまらず、長年のトップ君臨がもたらした組織の影や、カリスマ亡き後の自動車業界における未来像まで、多角的な視点から切り込んでいます。

カリスマ経営者・鈴木修が築いた「軽自動車とグローバル展開」の偉業

鈴木修氏がスズキの第4代社長に就任したのは1978年のことです。

当時、排ガス規制などの影響で軽自動車市場が低迷する中、鈴木氏は画期的なアイデアを打ち出しました。それが、節税メリットのある商用車仕様に着目して誕生した「アルト」です。

乗用車が1台60万円ほどしていた時代に、全国一律47万円という衝撃的な低価格を実現し、大ヒットを記録するとともに軽自動車の存在価値を決定づけました。

さらに鈴木氏の真骨頂は、グローバル市場における先見の明にも現れています。

自動車メーカーが存在しなかった1980年代前半のインド市場へいち早く参入を決断し、「自動車メーカーのない国に出れば一番になれる」という信念のもと現地生産を成功させました。

現在では、インド市場での成功がスズキの売上高の多くを支える柱となっています。また、「ジムニー」や「ワゴンR」といった生活者の日常に寄り添う革新的な名車を次々と世に送り出し、「軽でいい」から「軽がいい」へと市場の意識を劇的に変革させました。

「中小企業のおやじ」の現場主義と人情味あふれる経営哲学

世界的な自動車メーカーのトップでありながら、鈴木氏は自らを「中小企業のおやじ」と称し、飾り気のない人柄で知られていました。

出張時にも一人で新幹線に乗り込み、車内で平然と着替えるなど、型破りで人間味あふれる素顔は周囲から愛されました。

同時に、資本関係のない販売店(業販店)や取引先との「ハート・ツー・ハート(心と心)」の繋がりを誰よりも重視し、徹底した義理と人情で揺るぎない信頼関係を築き上げました。

その親しみやすさの一方で、経営においては徹底的な現場主義と厳しいコスト管理を貫きました。

社長就任後に開始した工場監査では、国内外の現場を自ら巡回して無駄を徹底的に削ぎ落としました。

「光と重力はタダだ」や「赤字は悪」、「ケチケチ作戦」といった数々のユニークな経営哲学や語録は、厳しい環境下で生き残るための合理性と合理化の精神を象徴しています。

光と影——カリスマの功罪と「スズキの未来(CASE時代)」

本書が他の追悼本と一線を画すのは、40年以上続いた「ワンマン経営の影」に対しても客観的な証言を交えて検証している点です。

圧倒的な威厳と即断即決の裏で、提案に対して矢継ぎ早にエビデンスを問いただす姿勢が社員の畏怖を生み、結果として「モノが言えない企業体質」を作り出してしまった側面が指摘されています。また、現場主義でありながらも、販売現場の生の苦境がトップまで届きにくくなるという独裁者ゆえの課題も抱えていました。

現在、自動車業界は電動化や自動運転をはじめとする「100年に一度の変革期(CASE)」の真ん中にあります。

著者は、カリスマ不在となったスズキがこの荒波をいかに乗り越えていくのかという重い問いを投げかけます。

一人の天才的リーダーに頼ってきた組織が、いかに体質を変革し次の時代へと適応していくのかという問題提起は、あらゆる企業経営にとっても普遍的な示唆を与えてくれます。

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